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東京高等裁判所 昭和49年(ネ)878号 判決

一審原告

青田吉弘

右訴訟代理人

鈴木栄二郎

外二名

一審被告

日興工事株式会社

右代表者

藤本忠治

右訴訟代理人

山本孝

主文

原判決を次のとおり変更する。

一審被告は、一審原告に対し、金七万四、一六〇円及びこれに対する昭和五一年一〇月二八日から右支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

一審原告のその余の請求(当審における拡張部分を含め)を棄却する。

一審被告の請求を棄却する。

訴訟の総費用は、第一、二審を通じてこれを二分し、その一は一審原告の、その余は一審被告の各負担とする。

この判決は、一審原告の勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

当裁判所は、一審原告の本訴請求は、七万四、一六〇円及びこれに対する昭和五一年一〇月二八日から右支払済みまで年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で正当として認容し、その余の請求(当審で拡張した分も含め)並びに一審被告の本訴請求は、いずれも失当として棄却すべきものと認定判断するものであるが、その理由は、次のとおり訂正・付加するほかは、原判決の理由と同じであるから、その説示を引用する。

一、二〈省略〉

三(一審原告の当審における3、4の主張について)

以上によると、本件請負契約に関し、一審原告は、一審被告に対し、本件建物の瑕疵の修補に代わる損害賠償として金七八万三〇〇円の請求権を有し、他方、一審被告は、一審原告に対し、請負代金の残代金七〇万六、一四〇円の請求権を有することが明らかである。

1  しかして、一審原告の一審被告に対する右残代金債務は、本件建物が引渡された時に支払うべき約であつたことは、既に判示するところによつて明らかであるから、一審原告と一審被告の右各債務は、民法第六三四条第二項により同時履行の関係にあるといわねばならない。そして、いずれの債務についても、これまで履行の提供がなされたことを認めることのできる証拠はないから、各債務とも、遅滞の責を負うものではないというべきである。

2  しかるところ、一審原告は、一審被告に対する金七八万三〇〇円の右損害賠償債権を自働債権とし、一審被告の自己に対する金七〇万六、一四〇円の請負残代金債権を受働債権として、その対当額において相殺する旨抗弁する。

思うに、自働債権に抗弁権が付着している場合に相殺を認めるときは、相手方は理由なく抗弁権を失うおそれがあるから、一般に相殺は許されないと解されているが、本件のように一個の請負契約に関し、目的物の瑕疵に基づく損害賠償請求権と請負残代金債権とが相互に存する場合には、それが同時履行の関係にあることを理由として相殺が許されないと考える必要はないと解すべきである。もつとも、この場合、相互に現実の履行をなさしめなければならない事由は存在しないから、相互の債権が同額の場合には、相殺が許されないと解すべき理由は見当たらないが、それが同額でなく、自働債権を上廻る場合には、受働債権を有する相手方は、相殺が許されることによつて自己の債権を上廻る額の債務につき、一方的に抗弁権を失うことになると考えられることから、相殺は許されないと考えられないでもない。しかしながら、本件のように、注文者が瑕疵修補に代る損害賠償を請求するのは、目的物の経済的価値の減少による損害の賠償を求めるのであるから、その実質は代金の減額請求であるといえるし、しかも、この場合、損害の賠償を求める注文者およびそれを受ける請負人もともに、支払い、または支払いを受けるべき代金をもつて、その間の清算的調整を行いたいとするのが、双方の意思の最も合理的な理解でもあるから、本件のような場合には、相殺を認めることが、当事者間の便宜と公平に適するし、その間の法律関係を簡明ならしめる途であるというべきであり、これらによつて受ける相互の利益は、たとい相殺が許されることによつて受働債権者に前記の不利益が生ずることがあつても、なお享受させるべきであると解するのが相当であるからである(なお、この際、同時履行の抗弁権の基礎にある公平の原則に従えば、本件のような場合には、相互の債権の対当額にこそ、同時履行の抗弁権の実質的な存在理由があるとすべきである((もとより、民法第六三四条二項は、このように限定的な規定ではないから、それぞれの債権の全額につき相互に同時履行の抗弁権を認めるべきであるが))ことが考慮されるべきであろう)。

以上のとおり、本件においては、一審原告からの相殺は許されると解すべきところ、その相殺の意思表示が昭和五一年一〇月二七日の当審口頭弁論期日においてなされていることは、当裁判所に明らかであるから、右両債権は対当額において消滅し、その結果、一審原告の一審被告に対する残存債権額は、計算上金七万四、一六〇円であることが明らかである。

ところで、右相殺によつて残存債権と同時履行の関係にあつた債権は消滅したのであるから、一審被告は、右残存債権につき遅滞の責を負うべきであるが、それは右相殺後であると解するのが相当である。けだし、相殺の効果は、相殺適状の時(本件の場合は引渡しの時と考えられる。)まで遡及するのが原則であるが、本件の場合は、同時履行の関係にある双方の債務の相殺の日まで、互いに遅滞の責を負つていなかつたのであるから、右遡及効をそのまま認めるときは、残存債権に対する遅滞の責は右相殺適状の時から負うこととなつて、相殺の意思表示までに生じた一審被告の右利益を不当に害する結果となり、その限りで遡及効が制限されると解すべきであるからである。したがつて、一審被告は、一審原告に対し、金七万四、一六〇円とこれに対する相殺の日の翌日である昭和五一年一〇月二八日から右支払済みまで年六分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるといわねばならない。

四(結論)

以上の次第であるから、一審原告の本訴請求は、金七万四、一六〇円及びこれに対する昭和五一年一〇月二八日から年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で正当として認容すべく、その余の請求は当審において拡張した分を含め、並びに一審被告の本訴請求はいずれも失当として棄却すべきところ、一審原告の本訴請求につき、金六三万一、三〇〇円及びこれに対する昭和四三年一二月六日から右支払済みまで年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める部分を認容し、また一審被告の本訴請求につき、金一〇五万六、一四〇円及びこれに対する昭和四三年六月二〇日から右支払済みまで年三割の割合による遅延損害金の支払いを求める部分を認容した原判決は、右と異なる限度で不当であるから、主文のとおり、これを変更し、合わせて当審における拡張請求も棄却し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条、第九二条、第九六条を、仮執行の宣言につき、同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(渡辺一雄 田畑常彦 丹野益男)

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